鍋で癌になる? 発癌性物質が溶け出すという疑惑について
鍋から発癌性物質が溶け出すという風説がいくつか聞かれます。その代表的なものを紹介しましょう。
ステンレスが酸化すると発癌性物質の六価クロムが生成されるという風説
ステンレス鋼は、主成分の鉄とクロムの合金です。クロムには、溶解した状態から冷却されて固まると、表面がただちに不動態(耐蝕性のある酸化被膜に被われた状態)に変化するという特性があります。ステンレス鋼の錆(酸化被膜の一種)が発生しにくいという特長は、このクロムの特性によるものです。
クロムは、自然界にあるときや人間が利用するときには、三価クロム、六価クロム、単体クロムという3種類の状態で存在しています。三価クロムがもっとも自然な状態であり、主としてクロマイト鉱石の中に安定した状態で存在し、毒性はありません。
六価クロムは、自然界にもわずかながら存在しますが、ほとんどは人工的に三価クロムを高温で焼成することによって生成され、溶鉱炉内に溜まるスラグ(鉱滓・こうさい)の中に存在しています。酸化力の強い有毒物質であり、発癌性も認められているため、現在ではスラグを還元処理して無害な三価クロムに変化させた上で、再利用または廃棄されています。
単体クロムは、自然界には存在しない人工物質です。工業原料とするために三価クロムを処理して生産されています。安定した極めて錆びにくい金属であり、ステンレス鋼の合金材料として使われているクロムは、この単体クロムです。
このように、六価クロムは溶鉱炉のような高温環境下で三価クロムから熱変成によって生成されます。また、クロムは希塩酸と希硫酸に対して耐蝕性がありませんが、食品に含まれる酢酸・クエン酸などによって酸化されることはありません。ステンレス鍋の酸化による六価クロム生成は起こり得ないことです。
カドミウムは、1955年に富山県で明らかになったイタイイタイ病の原因物質です。この病気は、熊本県・新潟県でその後発生した有機水銀による水俣病と並んで代表的な公害病であり、危険物質としてカドミウムの名前が一般に知れ渡りました。現在、カドミウムとその化合物に発癌性があることも、世界保健機関 WHO によって認められています。
ホーロー鍋からカドミウムが溶け出すと言われるようになったのは、その化合物である硫化カドミウムなどが耐熱性・耐久性に優れた顔料であり、ホーロー製品にも使われてきたためだと思われます。顔料の種類としては、カドミウムイエロー、カドミウムオレンジ、カドミウムレッド、カドミウムグリーンなどがあります。比較的に高価な顔料ですが、優れた特性を持っているためか、カドミウムの危険性が問題視されるようになって代替品の顔料が普及してきた現在でも、多くの工業製品に使用されているようです。
琺瑯は、シリカ(石英など二酸化ケイ素の鉱物素材)を主原料とするガラス質の釉薬を高温で焼き付けたものであり、耐久性と化学的な安定性の点で大変優れた素材です。それゆえ、業界団体はカドミウム溶出の可能性を否定しているようです。しかし、業界団体、顔料メーカー、公的機関などからの消費者を納得させるだけの科学的な検証もなされていないようであり、ホーロー鍋の販売業者の中には黄色・橙色・赤色の製品を取り扱わないところもあります。